市松人形雛飾り

私の生まれた山本は植木どころで有名な地域で庭師を生業にしている人が多いところです。兄弟は一人欠けて六人。上が男児、中が女児、四人下が男児で、私は次女でした。

雛祭りをはっきり意識したのは十才位ですが、そのころの雛祭りは旧暦の四月三日にしていました。両親は雛飾りではなく四人の姉妹それぞれに床の間に市松人形を飾ってくれ、植木どころで豊富でしたので、桃を切って緑に柳を添えて飾り、母は巻きずしを巻いてお供えをし、お重にごちそうを詰めて野遊びをする私たちに持たせてくれました。

お昼前に、ツツジが咲いている山に行ってゴザを敷いて、お重を広げて食べ、周囲には近所の人達お年寄りから子供達がたくさん来てあやとりやお手玉、歌を歌ったりしてにぎやかに楽しく一日を過ごしました。

こうしたことが毎年続いたのですが、私が六年生になったとき、四月三日の雛祭りをして後四月八日の始業式の後に火事になって私の市松人形も消失してしまったのです。それ以後戦争も激しくなり世情も厳しく雛祭りどころではなくなってしまいました。

私も幼い頃は悪い方だったので上と喧嘩するし下とは喧嘩するで親から叱られて、手を縛られ蔵へ放り込まれました。「もう悪いことをしないから」「堪忍して」「出して」と泣いていましたが、こんなことが度重なると、自分で縛られた手を解いて、蔵の中で、それぞれ名前を書いて納めてある市松人形を取り出して遊んでいました。静かになってしまった蔵の様子に母親が覗きに来て、私の様子に根負けして「もうええ加減にして出てお出で」と言われたことも懐かしい思い出です。

父は仕事一途で子煩悩な人で叱られたことがありません。お人形はなくなっていても幼い日の日々は思い出として昨日のことのように甦ります。
両親にこうして雛祭りをしてもらった私ですが、残念なことに私には女児がなく男児で雛祭りをしてやる機会がなく女児の孫を持って妹たちが雛壇飾りの話をするのをうらやましく思います。今もし市松人形があったらまだ孫を持たない私は孫のつもりでだっこするでしょうね。それよりも本当の孫をだっこできることを願っています。

戦時中「贅沢は敵だ」の風潮の中、せめてもの市松人形でのお祝い、少子の現代とは違い子供の多かった頃の子育て、姉妹仲良く平等に感性豊にと、両親が幼い我が子の無事な成長と幸せを願う桃の節句という日本の伝統の行事の良き風習を私たちに伝えてくれたものと感謝しています。