八十路のマニキュア

私は週に二回の入浴の日を楽しみにしています。身体を洗って頂きながら、何気なくある女性職員さんのスパッツから足もとへ目をやってお湯のしずくを見つめていますと、彼女の足の指が美しいパールの貝のように輝いています。

よく見ますと、マニキュアをなさっているのです。そして健康な足をなさっていますので、思わずマラソンをなさるのですかとお聞きしました。「陸上です」と仰いました。唐突に失礼なことをいって御免なさい。

私は手足に障害を持っていますので自分の顔は洗えません。美しい指先を見つめながらピアノを弾かれる様な美しい指ですねと、いらぬ事を言ってしまいました。ピアノは弾きますよとのお返事です。いらぬ事を申し上げて御免なさいとお詫びをしました。

私はその頃『猫とピアノ』の絵を描いていました。ピアノがどうもわかりにくくて、困っていましたので、早速彼女にお願いしまして、教えて頂きました。そして、やっと立派なピアノが出来上がりました。『赤とんぼの猫たち』はピアノと共にあちらこちらに出かけて唄っています。ピアノの美しい音色でがんばっています。

彼女は私に美しいマニキュアの色を持ってきて下さって、私の好きな色を選って染めてあげると仰ったのです。私は生まれてこの年になるまで、マニキュアはしたことがありません。ちょっと恥ずかしかったですが、出来上がってみれば、とても美しくて、曲がった指も伸びるような気持ちで毎日楽しんでいました。

近頃は、紅梅の花びらのように散ってしまって今は小指にとどめています。近い内にオパールでもマニキュアをして頂くつもりです。

彼女のやさしい心を胸に秘めて残り少ない人生をマニキュアの楽しい思い出とさわやかに過ごさせていただきたいと思います。